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代表プリンシパル
川平 謙慈 氏
「お客様は神様です」とよく言われます。これはお客様の言うとおりにすれば良いと理解されていますが、実際はどうでしょうか。顧客はそう簡単に何を求めているのか表してくれません。しかし、顧客体験を良くしていくのがマーケティングの最重要課題です。ですから、その「体験」が何であるのかを理解するのが、優れたマーケティングをする上でとても大切になります。
前回は、マーケティングの本質は「顧客創造」にあると説明しました。顧客は価値ある製品やサービスを求めていて、顧客にとって「価値」とは、Value=Experience/Price, すなわち顧客体験と価格の割り算です。価格を下げるよりも、顧客体験を良くしていくことが長期的には顧客に喜ばれ、競争に勝つことにつながります。今回はこの「顧客体験」に注目します。
どのようなサービスや製品でも、ターゲットとなるお客様がいます。相手が誰でもいいというビジネスはまずありません。そのターゲットをよく理解し、その層が価値を認める体験を知るには、最も大切で普遍的な基本にまず戻る必要があります。それは、顧客が人間であるということです。ターゲットにどのようなレッテル(例えば、購買部長、設計担当者、主婦、DINKS等)を貼っても、その人達が人間であるということからは逃れられません。
この人間としての体験は大きく分けて、客観的に表すことのできる面と、主観的な面があります。客観的な顧客体験は、製品やサービスの機能的な側面で、ほとんどのマーケティング活動はこれらを喧伝することに集中しています。車であれば、燃費や居住性、加速性といった機能です。産業機械であれば、生産性や作った製品の品質をデータでもって客観的に示すことができます。この機能性を良くすれば、顧客体験の向上につながり、売上げに反映されると思われているので、日々製品の改良にほとんどの企業が追われています。
しかし、もっと重要でありながら、あまり注目されていない、そして戦略的・体系的に考えられていないのが顧客の主観的は体験です。これは人間の心理的、そして情緒的な側面であり、データでは簡単に説明できません。また、全く同じ機能的な性能を持った製品でも、人によって主観的な体験が違うケースがあります。良い例がハイブリッド車のカテゴリーでしょう。
1997年にトヨタはプリウスを出しました。今ではハイブリッド車は珍しくありませんが、当時としては新しいコンセプトです。どのようにしてこの新しい技術をブランド化し、マーケティングすれば良いのでしょうか。純粋に合理的な観点からすれば、わざわざ新しいブランドの車を出す必要はありませんでした。ガソリンの価格が今の半分以下の時代です。燃費向上という機能を売るのであれば、新しく開発したハイブリッドエンジンをカローラに搭載し、「カローラ・ハイブリッド」として出す選択肢の方がコストもリスクも低かったでしょう。実際、競争相手のホンダは2001年に、「シビック・ ハイブリッド」を発売しています。
当時の新車購入に関心のある層を調査すると、興味深い結果が出ました。それは、「ハイブリッド」というまだよく知られていない技術に最も興味を示した人達は、比較的に高額なブランドの車に乗っていたのです。BMW、アウディや、キャディラックという車の保有者です。その中でも、「新しい技術が好きだ」、「環境問題に関心がある」という意識の高いの人達でした。こういう層の人達が、たとえ新し物好きや環境に対する意識があっても、カローラに乗り替えるでしょうか。車の機能的な面は重要ですが、それ以上に大切なのは、ファッションとしての面です。移動としての手段よりも、「自分はこういう価値観とライフスタイルを持った人間です」、ということ周囲に対して表すことが、本当の車の意義です。
合理的に考えれば、プリウスとシビック・ハイブリッドの販売台数はそれほど変わらないはずです。客観的な観点からすれば、機能的にはそれほど違いが無いからです。しかし、2013年度に、米国でプリウスは22万台以上売れましたが、シビック・ハイブリッドは1万台以下です。この圧倒的は差は、ディーラーの数やその他の客観的な要因からは説明できません。新しいブランドを立て、一目で遠くからでもプリウスと分かるデザインの車を提供することによって、トヨタは「自分はこういう新技術の、環境によりやさしい車に乗っている者だ」ということを周りに誇示したい情緒的なニーズを満たしました。シビック・ ハイブリッドはそのニーズを満たしていないのです。
B2B(企業間取引)でも似た現象があります。Corporate Executive Boardの調査によりますと、B2Bの顧客ロイヤリティーの決定要素の約半分は、製品やサービスの機能や性能では無く、取引のプロセスの質(有益な市場情報、課題の定義に斬新なアイディア、社内の意思決定プロセスへの理解と補佐等)にあるという結果が出ています。。顧客企業の担当者が、社内でどういう立場にあり、その人が将来に対してどういう抱負と希望を持っているのかをよく理解しているのとしていないのでは、結果は違ってくるでしょう。
商品やサービス(一括りにブランドと言いましょう)の顧客体験の向上を経営の重点的な目標にするには、それをより体系的に定義すること必要です。そこで次のモデルを提案します。
客観的・機能的な要素
- アイコン(Icon):五感で感じられるブランドのシンボル。ほとんどの場合はブロンドのロゴやCIで定められた視覚的なデザイン。
- 特性(Features):業種とブランドを使うことで感じられる検証可能な性質。
- 機能的ベネフィット(Benefit):その商品やサービスを使ったことで受ける便益や効果。
主観的・情緒的な要素
- 喜び(Reward):顧客が感じる情緒的なベネフィット。
- 価値(Value):顧客が捉えているその企業・ブランドの価値観。
- パーソナリティ(Personality):顧客が感じているそのブランドの性格。
このモデルを使って、誰でも知っているマクドナルドの目指している顧客体験を表してみました。
もうひとつの例が、ここシカゴの公共交通機関のChicago Transit Authority です。
両社とも、顧客体験を体系的に捕らえ、日常的に経営の中心に置いています。このように顧客体験を社内の「共通言語」として活用すれば、イノベーションのスピードと質も上がります。
ほとんどの企業は、機能的な要素だけに集中し、顧客の情緒的な体験をおろそかにしています。「こんなに良い商品・サービスを提供しているのに、なぜ売れないのだ」と思っている場合は、顧客の人間としての体験を理解していない可能性が高いでしょう。もはや、高機能・高性能を謳っていることで売れる時代ではありません。顧客目線で自らを見直し、新しいライフスタイルや、心に訴える体験をを届ける必要があります。
企業間・B2Bの取引でも、相手の担当者がどういう体験をしたいのか、どういう情緒的なニーズを持っているのか、知るべきです。真のマーケティングとは、社内のすべての活動が、機能的そして情緒的な顧客体験を常に良くしていくためのプロセスに集中することです。
ご質問がありましたらお気軽に川平 謙慈(KGKabira@TrueWorks.biz、 (630) 302-0201) までお問い合わせ下さい。
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