エス・アイ・エム
代表コンサルタント(心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏
前回の「統計調査やアンケート結果の嘘」で触れた「手段の目的化」について、少し掘り下げてみたいと思います。
手段の目的化とは、本来の目的を達成するための単なる手段であったものが、いつしか目標や目的にすり替わってしまうことです。それによって、本来の目的からズレてしまうだけでなく、最悪の場合は、そもそもの目的達成を阻害することすら起きてしまうということです。
手段の目的化については、マーケティング界のドラッカーと称されたアメリカの学者T・レビット博士が自身の著書『マーケティング発想法』(1968年)の中で紹介しています。レオ・マックギブナという人物が語った「昨年、4分の1インチ・ドリルが100万個売れたのは、人びとが4分の1インチ・ドリルを欲したからでなく、4分の1インチの穴を欲したからである」という言葉がそれです。ドリルを買う人の目的は「穴を開けること」であって、「ドリルを買う」のは目的達成のための手段でしかありません。しかし、「ドリルを買う」ことが目的であると誤認することが起き得るということです。実際にこうした例は数限りなくあります。
例えば、
- 当初は目的が共有されていたが、いつの間にかルーティン化してしまい、専任の担当者まで置かれてしまったので、いまさら止められない。(役所的な組織で多発しているケース。)
- 売上を上げるためにサービスの紹介資料を作っているが、綺麗な資料を作ることに時間を費やしてしまい、具体的な施策の検討や掘り下げが不十分。
- 利益率を上げるためにコストを削減しようとして、肝心な商品価値に関わる部分まで削ってしまい、商品の魅力が無くなり売上が落ちてしまう。
- 業務効率化ツールを導入したのに、ツールの機能を使いこなすことに追われてしまい、逆に生産性が下がってしまう。
- 定例会議の議題がないために、毎回議題を募集して会議時間を埋めるために苦慮している。
- ビジネス英語を身につけるためにTOEICを受けたが、TOEICの点数を上げるための小手先のテクニックに走り、点数は上がったものの、ビジネスではまったく使いものにならない。
- ある施策を、「他社(他部門)もやっているから」という理由だけで、自分のところでもやろうとして時間や労力を消耗している。
- 人脈作りをしようとして、異業種交流会などに積極的に参加し、名刺はたくさん集まったが、使える人脈になっていない。
- 趣味の釣りを楽しむために本や道具などを集めていたが、いつの間にかそれらを集めることが中心になり、休日はもっぱら釣り道具屋に通っている。(ゴルフも同様。)
- 野球やゴルフなどで、正しいフォームを身に着けるために反復練習を行っているうちに「回数」をこなすことが目的化してしまい、体調やフォームを崩してしまった。
それ以外にも、上司から部下への業務指示の際、目的の明確化と伝達が不十分なため、部下は単にその業務をこなすことが目的となってしまい、中身が本来の目的達成と乖離してしまっているなども組織上でよく見られるケースです。
つまり、目的達成というゴールよりも、その過程である「どうやるか?」「何をやるか?」に目を奪われ、いつの間にかゴールそのものを見失ってしまうということです。
つい先日の内閣改造での大臣人事も典型的な事例になりそうです。
例えば、IT担当大臣についてですが、本来の目的は国のIT戦略の推進役を選ぶということでしょう。政府の説明では、自分でSNSの投稿が出来るからという冗談のような理由でしたが、自分でパソコンを打たず、USBメモリーを知らなかった元サイバーセキュリティ担当大臣よりはマシかもしれませんが、果たして一国のIT戦略の推進役として適材適所と言えるでしょうか?
SNSの投稿が出来るからというのは取って付けた理由でしょうが、人事の目的が別にあったのは間違いないでしょう。大臣を選ぶということが目的化してしまい、本来の目的である国のIT戦略の推進というのはどこかに行ってしまった感があります。(竹本新大臣の印鑑のデジタル化についての発言は、あまりにバカバカしく見識を疑ってしまいます。はんこ議連の会長なので、既得権益という別の問題があることも見えてきます。)
すぐお隣の台湾で国のITを担当している唐鳳 (オードリー・タン)氏は38歳(就任時35歳)の天才プログラマーです。政策の合意形成プラットフォームや省庁横断の官僚ネットワークを自ら構築した人物です。トランスジェンダーである彼の抜擢については、日本のLGBTに対する後進性も見えてきます。
台湾だけでなく、韓国やシンガポールでもIT担当大臣は、IT分野で実績のある人物が抜擢されています。これでは日本のIT戦略が大幅に後れを取るのは間違いないでしょう。(実際に推進するのは官僚で大臣は単なるお飾りというのなら、それはそれで大きな問題です。)
国会議員以外の人物を大臣に抜擢するのは日本でも可能(民主党政権時の森本敏防衛大臣や片山善博総務大臣など)ですが、総理のお友だちの登用や論功行賞がまかり通り、専門家の登用が進まないようでは、内閣改造の本来の目的が果たせるようには思えません。
目的と手段の関係を明確化し、実行性のあるものとするためには、目的と手段の関係を階層構造で考えることが重要です。大目的を達成するための手段を中目的化し、中目的を達成するための手段を小目的化して考えるのです。そのうえで重要なことは、事業のKFS(Key Factor For Success)に重点化することです。KFSとは文字通り成功の鍵ということですが、それをみつけるには事業活動を、仕入れから生産、技術、品揃え・ブランド、販促、販売力、販売網、サービスといった個々の活動に分解し、どの活動をどう攻略すればよいか、競合との比較の上で見つけ出すことです。さらに注意しなければならないのは、KFSは環境の変化によって変化していくということも認識しておくべきです。そうすれば、時間経過とともに意味のなくなってしまったことにリソースを使うことは避けられます。
非常に残念ですが、人は「目的」を提示されるだけではすぐには動きませんが、「手段」には反応しやすいという側面を持っています。それゆえ、手段の目的化を起こしやすいのです。
そうならないためにも、目的と手段の関係を階層構造で明確にし、常に目的(ゴール)を忘れないようにする必要があるのです。
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