アジア5ヶ国を渡航して痛感した「世界の真ん中で輝く日本」の真実
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規
数日前に韓国から帰国しました。今年に入ってから、シンガポール、タイ、ベトナム、台湾に続き、今回が5ヶ国目の渡航となります(台湾は国ではなく「地域」とするのが日本政府の見解ですが)。
今回の渡航で痛感したのは、日本の国際的地位はもはや「低下」という表現では追いつかないほど後退しているという現実です。昨年も複数の国を訪れましたが、今年はその格差がさらに拡大していることを強く感じました。
街中の飲食店や物販店の価格は日本を軽々と上回り、円安だけでは説明できない水準に達しています。 インフラに至っては、もはや「遅れを取っている」という表現では甘すぎるほど、更新の停滞が露骨に表れています。「世界の真ん中で輝く(咲き誇る)日本」などという政治的キャッチコピーは、現実から目を背けたい人々への麻酔でしかありません。今や日本は「先進国中最低」「G7最下位」どころか、アジアの中でも存在感を失い、かつての栄光を引きずるだけの老朽国家になりつつあります。
20〜30年前に日本が持っていた優位性の多くは、いまや過去の遺産となりました。 それにもかかわらず、多くの日本人はアジア諸国を「開発途上国」「新興国」とみなす古びた認識にしがみついています。この認識こそ、日本の停滞を象徴する病巣です。自国を先進国だと信じ続ける自己満足は現実を直視する力を奪い、認めたくない現実への拒否感を為政者に利用される格好の土壌となっています。
アジア諸国から学ぶべき点は山ほどあり、日本が胸を張れる領域は急速に消滅しています。では、日本とアジア諸国の位置づけはいつ逆転したのか。アジア諸国が急速に発展した側面は確かにあります。しかし、それ以上に深刻なのは、日本が長期にわたり停滞し、制度改革も技術革新も先送りし、時代の変化に適応する努力を怠ってきたことです。この「停滞の常態化」こそが、日本の国際的地位を押し下げている最大の要因であり、外部環境の変化ではなく、日本自身の選択の結果だと言わざるを得ません。
日本は衰退したのではなく、衰退を選び続けたのです。
■ 停滞を生み出した「戦前回帰」政策の連鎖
停滞常態化の根源はどこにあるのか。私は、自民党が長年掲げてきた憲法改正、すなわち戦前的価値観への回帰を志向する政策群が、日本の衰退を加速させていると考えます。安全保障政策の転換、教育内容の再編、国家主義的価値観の強化……これらは、国の方向性を静かに、しかし確実に変質させてきました。戦前の国家思想は、国家主義と皇国史観を柱とし、個人の自由より国家の利益や命令を優先する体制でした。国民に主権はなく、国家に従属する位置づけであった以上、こうした思想を持つ政治家が「国民のための政治」を行うはずがありません。国家主義を優先する政策は制度改革や規制改革へのエネルギーを奪い、結果として経済競争力の低下につながりました。今回の皇室典範改正でも政府・自民党は「皇位の男系継承は2600年以上」などと歴史学的根拠に乏しい説明(神話です)をもとに政策を進めようとしました。これは戦前の国家主義と、明治以降に構築された皇国史観への回帰以外の何物でもありません。(皇国史観は「客観的事実に基づかず、戦時中の政治的・思想的要請によって構築されたイデオロギー(神話的歴史観)」として広く否定されています。)
以下に、自民党政権が進めてきた「戦前回帰」的政策・閣議決定を時系列で整理します。
■ 2006年:第一次安倍政権
教育基本法改正(※3)・「愛国心」規定の導入。教育勅語的価値観の復活を志向
■ 2009〜2012年:民主党政権
■ 2012年:第二次安倍政権
自民党憲法改正草案作成(※4)
自衛隊を「国防軍」と明記(自衛隊の軍隊化)・「天皇を元首」と明記(戦前の国家元首への回帰)
■ 2013年
特定秘密保護法(※5)
国家機密の指定範囲が広く、恣意的運用につながるとの懸念・「日本再興戦略」「一億総活躍」など総動員的国家像の強化
■ 2014年
防衛装備移転三原則の策定(※6)
■ 2015年
安保関連法(※7)・集団的自衛権の限定的行使を容認
■ 2016年
マイナンバー制度導入(※8)・国家による個人情報管理の強化
■ 2017年
共謀罪(※9)・犯罪実行前でも処罰可能。思想統制の懸念
■ 2018年
道徳の教科化(※10)・国家が徳目を教える構造
■ 2021年
教科書から「従軍慰安婦」記述を削除・縮小する閣議決定(※11)・加害責任の記述が減少し、国家の正当性を強調する傾向が強まる
■ 2022年
安保3文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)の策定(※12)
敵基地攻撃能力の保有を閣議決定:専守防衛からの転換(※13)・経済安保推進法成立(※14)・防衛費の大幅増額(GDP比2%)と武器輸出緩和(※15)
■ 2023年
若年層を自衛隊・防衛産業へ誘導する政策(※16)・奨学金返済支援など
■ 2026年
防衛装備移転三原則の改正(※17)・殺傷能力のある武器輸出も原則可能に皇室典範改正(※18)・天皇制の政治利用の懸念防衛産業への補助金強化・人材育成(※19)・総動員体制の構築改正個人情報保護法(※20)・個人情報の流出や悪用の可能性
教育や歴史認識をめぐる動きにも懸念すべき点は多くあります。「モリカケ問題」の影に隠れて曖昧にされがちですが、教育勅語を肯定的に扱ったり、その精神を学校教育に取り入れようとする動きは繰り返し見られます。また、文化の日(11月3日)を戦前の明治節にあたる「明治の日」へ改称しようとする運動なども象徴的です。(※22)
政府はこれらの政策を「国際情勢の変化への対応」と説明します。しかし、周辺国を刺激し、緊張を煽っているのは自民党総裁である高市首相自身です。脅威を煽り、その脅威を理由にさらなる軍備増強や規制強化を正当化する——これは典型的なマッチポンプ構造です。 国民を疲弊させ、国家への依存を高めることは、将来的な経済的徴兵制につながる可能性があります。こうした国威発揚による目くらましは世界的な潮流になりつつありますが(※24)、国民が「おかしい」と感じたことに声を上げるという民主主義の基本を忘れなければ、為政者の思惑に流されることを防げるはずです。
国民の主体性を奪い、弱体化させることは、権力者にとって利益でしかないのです。
■ 民主主義を守る最後の砦は「沈黙しないこと」
制度改革は「次の機会に」、技術革新は「そのうち」、時代の変化への適応は「様子見」。これでは、変化し続ける国と立ち止まる日本の差が広がるのは当然です。そして、その停滞を「伝統を守ること」と勘違いし、力強く推し進めてきたのが自民党政権の「戦前回帰」政策です。 特定秘密保護法、共謀罪、道徳の教科化、敵基地攻撃能力——。 これらはすべて、「国民は余計なことを考えず、黙って従っていればいい」という思想を丁寧に積み上げてきた結果に他なりません。 国民の権利を狭め、個人を弱らせれば、相対的に国家は強く頑強に見えるからです。そして大多数の国民は強い国家に盲従、もしくは黙従するようになります。
ドイツの牧師マルティン・ニーメラーは、ナチスの台頭と人々の沈黙について次のように語りました。(※25)
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。 彼らが社会民主主義者を投獄したとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。 彼らが労働組合員を連れて行ったとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。 そして、彼らが私を連れて行ったとき、私のために声を上げる者は誰も残っていなかった」 民主主義は、人々の沈黙によって内側から崩壊します。おかしいと思ったら声を上げる。その当たり前の行為こそが、為政者の暴走を止める唯一にして最大の力です。民主主義は誰かが守ってくれるものではありません。一人ひとりが疑問を持ち、考え、声を上げることで初めて維持されます。
声を上げましょう。沈黙は、権力者の最大の味方なのですから。
※1:アジアの経済成長率ランキング(世界経済のネタ帳) https://ecodb.net/ranking/area/A/imf_ngdp_rpch.html
※2:アジアの一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング(世界経済のネタ帳) https://ecodb.net/ranking/area/A/imf_ngdpdpc.html
※3︰教育基本法改正20年 かつての与党協議の議事録を入手(NHK) https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015158881000
※4︰自民が憲法改正草案 「天皇が元首」「国防軍」明記(日本経済新聞) https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2704R_X20C12A4PE8000/
※5︰特定秘密保護法 参院で可決・成立(NHK) https://www.nhk.or.jp/bunken/d/research/focus/BUNA0000010640020202/
※6:【日本が武器輸出国に】防衛装備移転3原則改定で揺らぐ「平和国家」(JBPres https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/80341
※7:安保関連法案が成立(NHK) https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009030389_00000
※8:マイナンバー、プライバシー保護に課題(日本経済新聞) https://journals.wichita.edu/index.php/ff/article/view/62/69
※9︰「共謀罪」法が成立 与党が参院本会議で採決強行(朝日新聞) https://www.asahi.com/articles/ASK6H0PKHK6GUTFK02F.html
※10︰道徳の教科化、歴史教科書の検定で「教育に介入」 現場と溝<安倍政権 緊急検証連載>(東京新聞) https://www.tokyo-np.co.jp/article/54660
※11︰3社の教科書の「従軍慰安婦」表現訂正 閣議決定受け(産経新聞) https://www.sankei.com/article/20210908-IEI436G63NILXFPJP4KEZOLU4A/
※12:<社説>安保3文書を決定 平和国家と言えるのか(東京新聞) https://www.tokyo-np.co.jp/article/220477
※13:「平和予算ODAを軍事に使える」国民が知らない“安保3文書”恐るべき全貌(毎日新聞) https://mainichi.jp/articles/20221216/k00/00m/010/099000c
※14:経済安保推進法が成立、2023年から施行(知財リーガルチャンネル) https://ilc.gr.jp/politics/120.html
※15:総理“大幅増額”指示 今後5年間の防衛費約43兆円に(ANNnewsCH) https://www.youtube.com/watch?v=yw30thUXL_c&t=1s
※16:任期制自衛官の進学支援金を増額 防衛省、24年度から(日本経済新聞) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA230TQ0T20C23A7000000/
※17:平和国家の転換か、抑止力の強化か― 「防衛装備移転三原則」改定の全貌と最後の歯止め“国民の理解”の行方(TBS) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2638586
※18:国民の気持ち離れるのでは 典範改正受け、皇室変貌の可能性に焦燥感(朝日新聞) https://www.asahi.com/articles/ASV7J3DVZV7JUTIL028M.html
※19:政府の科学技術投資目標、今後5年で倍の60兆円 防衛産業の強化も(朝日新聞) https://www.asahi.com/articles/ASV3K1JBVV3KUTFL006M.html
※20:個人情報流出・悪用の懸念なお 改正保護法成立 企業側、曖昧さ不安視 運用はガイドライン次第(北海道新聞) https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1336418/
※21:「明治の日」法案、自民了承 11月3日、名称併記(時事通信) https://www.jiji.com/jc/article?k=2025112100517&g=pol
※23:【解説】 高市首相の台湾をめぐる発言、なぜ中国を怒らせたのか(BBC) https://www.bbc.com/japanese/articles/c4gpy0j0rqgo
※24:ルポ 国威発揚-「再プロパガンダ化」する世界を歩く(中央公論新社) https://www.chuko.co.jp/tanko/2024/12/005861.html※25:First they came for the socialists,(Holocaust Encyclopedia) https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/martin-niemoeller-first-they-came-for-the-socialists
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