IRAへのロールオーバー、必要ですか?
勤務先から退職した場合、401(k)などのリタイアメント・プラン(403(b)、457、profit-sharing planを含む)からIRAへロールオーバーした方がよいのでしょうか。IRAを提供する証券会社や保険会社はIRAへのロールオーバーを勧めてくるかもしれませんが、必ずしもそれがベストとは限りません。今回の記事では、この問題について整理します。
勤務先から退職した場合の選択肢
勤務先から退職した場合、Traditional 401(k)などのリタイアメント・プランにある資産については、以下の選択肢があります。
① 引き出す(その年の課税所得に算入。59.5歳未満の場合、10%ペナルティあり)
② そのままリタイアメント・プランにとどめる
③ (退職理由が転職かつ次の勤務先にリタイアメント・プランがある場合)次の勤務先のリタイアメント・プランに移す
④ IRAにロールオーバーする
IRAへのロールオーバーは、フィナンシャル・アドバイザー、証券会社や保険会社が手数料収入獲得を動機として積極的に勧奨してきた分野です。これは利益相反の観点から長年、問題視されてきました。
これに対して、米労働省は2024年9月よりRetirement Security Ruleを施行し、金融サービス提供者(フィナンシャル・アドバイザー、証券会社、保険会社等)がFiduciary Duty(受託者責任)を負う対象に、IRAへのロールオーバー勧奨が含まれることになりました。これにより、金融サービス提供者は、具体的に
忠実義務、善管注意義務に基づくアドバイスの提供
(金融サービス提供者ではなく)顧客の最善の利益の追求
利益相反の適切な管理と開示
適切なサービス対価の設定と開示
などが法的に求められるようになりました。
IRAにロールオーバーしなくていい場合
IRAのメリットは、個別銘柄、ETFを含めた無数の投資オプションが選択可能であることです。一方、401(k)などのリタイアメント・プランは、投資オプションがMutual Fundのみで、オプションの数も多くないのが一般的です。
ただリタイアメント・プランの投資オプションが多くないのは、個人は投資オプションが多いと選べないという傾向に基づいた、意図的な設計です。実際多くの投資オプションは必要ではなく、平均的な投資知識・経験の人は、ターゲット・デート・ファンド(株式と債券のバランス・ファンドで、想定リタイア年に向けて資産配分を保守的に変更していくファンド)に投資していれば十分です。
元勤務先のリタイアメント・プランが良質で低コスト(年率0.5%以下)のファンドを取り揃えている場合、投資の観点からIRAにロールオーバーする必要はありません。
IRAにロールオーバーしてはいけない場合
また、将来的に日本への帰国を計画していて、純資産額を200万ドル以上保有しているなど、米国出国税の対象になる可能性がある場合、IRAへのロールオーバーはお勧めできません(日本への永住帰国:米国出国税の概要)。
米国出国税の対象になった場合、IRAは出国(永住権放棄)前日に全額引き出されたとみなし、課税されるからです。IRAの金額が大きい場合、累進税率によって最高37%の所得税率が課されることになります。
一方、401(k)などのリタイアメント・プランは、出国(永住権放棄)しても実質的に米国の所得税はかかりません(将来引き出し時に30%の源泉徴収が適用されますが、日米租税条約により年金課税は居住国(日本)のみなので、米国Tax returnを行い還付を受けることができます)。
また、いわゆるThe Rule of 55(55歳以降で退職した人がその勤務先の401(k)、403(b)から引き出す場合に限って、59.5歳未満でも10%ペナルティがかからない)を利用して口座からの引き出しを予定している場合、または年齢にかかわらず退職後には10%ペナルティがかからない457からの引き出しを予定している場合、IRAは当該特典の対象ではないので、401(k)、403(b)、457に資産をとどめておく必要があります。
同様に、離婚分割時(Qualified Domestic Relations Order)や401(k)で値上がりした自社株を保有している場合も、401(k)などのリタイアメント・プランの方が有利な場合があります。
IRAにロールオーバーした方がいい場合
元勤務先のリタイアメント・プランの投資オプションがコストの高いファンド(年率0.5%超)ばかりで、ファンド評価会社(例、Morningstar)の評価も芳しくない場合、幅広い投資オプションにアクセスできるIRAへのロールオーバーは有効な選択肢になります。
もし年率0.5%のコストを削ることができたら、長期的な運用成果の差はかなり大きなものになります(詳しくは「こんなに違う!運用コストが与える長期パフォーマンスへの影響」をご覧ください)。
また、401(k)などのリタイアメント・プランでは59.5歳未満の早期引き出しに10%ペナルティがかかる一方、IRAでは当該ペナルティがかからない事由があります(所得税は課税)。これらへの支出のために引き出しを計画している場合は、IRAへのロールオーバーは有利に働きます。
自宅の購入資金:最大1万ドルまで(過去2年間に自宅を所有していない場合)
大学など適格高等教育への支払い
失業中の医療保険料の支払い
最後に
勤務先から退職した場合でも、一概にリタイアメント・プランからIRAへのロールオーバーが必要とは言えません。上記のようにご自身の状況を踏まえて、ロールオーバーの是非を検討する必要があります。
また、将来的に日本への帰国を考えている場合、日本帰国後も口座を維持できるかも確認ポイントになります。一般的には、IRAよりも401(k)などのリタイアメント・プランの方が日本帰国後も口座を維持させてくれる口座管理機関が多いです。ただし、日本帰国後は口座を維持できないリタイアメント・プランもありますので、その場合は口座を維持させてくれるIRAに移さざるを得ないでしょう。
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