国民に軍隊を向けた大統領と米国の未来
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規
6月14日は第47代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏の79歳の誕生日でしたが、この日、アメリカでは国を二分する大きな動きがありました。
首都ワシントンで行われた軍事パレード(※1)と政権に抗議する全米に広がったデモ(※2)です。
首都ワシントンでの軍事パレードは、陸軍創設250周年の記念パレードでした。首都での大規模な軍事パレードは湾岸戦争後の1991年に開催されて以来34年ぶりということもあって、トランプ支持者には熱狂をもって支持されました。トランプ氏にとって軍事パレードは、大統領に初就任した時からの宿願だったことから、軍の私物化、政治利用に当たるとの批判が噴出しています。こうした批判と移民一斉摘発への抗議が重なり、トランプ政権への抗議デモは全米2,000ヶ所以上にまで広がっています。軍事パレードの私物化だけでなく、連邦政府のコスト削減を目指したトランプ氏が、権力の誇示のためのパレードに2,500万~4,500万ドルの税金を使うという矛盾点も指摘されています。パフォーマンス重視のトランプ氏の二枚舌政策の典型であるといえます。
こうした現状を見ると、現在のアメリカは、昨年11月に The Stellar Journal に寄稿した「映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が現実となる日」(※3)で書いたように、映画が現実化しかねないように思えます。
トランプ氏は今月初めに移民一斉摘発に抗議する大規模デモへの対応として、ロサンゼルスに州兵と海兵隊を派遣しました。その後、カリフォルニア州連邦地裁は、トランプ米政権が知事の承認を経ずロサンゼルスに州兵を動員したことを違法として差し止めを命じ、州知事に指揮権を返還するよう命令します。しかし、政府が即日控訴したため、控訴裁は地裁命令の発効を一時差し止め、指揮権は引き続き政府に残っている状況です。
こうしたトランプ政権の姿勢は、むしろ逆効果となり権威主義に抗議の声を上げる動きを促したように見えます。結果的に抗議デモは、ニューヨークやシアトル、シカゴ、オースティン、ラスベガス、首都ワシントンなど全米2,000ヶ所以上にまで拡大し、それに対してトランプ政権は自国民に対して軍事力を誇示する姿勢を強めているように見えます。実際、ヘグセス国防長官は他の地域にも州兵を派遣する可能性を示唆(※4)しています。
日本の一部のメディアは、「不法移民」たちが外国国旗を振る「暴徒」となって市内あちこちで暴動を起こしているかのように報じています。そうした報道を目にすると「不法移民が法律を破っているのに、なぜ取り締まりに反対するのか?」、「トランプ大統領の派兵は当然では?」という疑問が生じるかもしれません。報道の真偽とともに、日本とアメリカでは地方自治体と政府の関係が大きく異なっていることを理解する必要があるでしょう。アメリカでは地方自治の概念が強く、連邦政府と州政府はそれぞれ独立した権限を持っており、形式上は対等な関係です。日本のように「地方自治体は中央政府に従うべき」という発想はありません。連邦政府は移民の滞在資格を所管するが、その法執行への協力について、州や自治体には一定の裁量が認められています。2017年にカリフォルニア州は、州および地方の警察による移民・税関捜査局(ICE)への協力を、特定の重大犯罪者を除き原則禁止しています。当時からトランプ大統領はカリフォルニア州のようなサンクチュアリシティー(聖域都市)に対して補助金の打ち切りを行うなどの圧力を加えてきました。(※5)ロサンゼルス市もまたそうしたトランプ氏に対抗すべく2期目の就任前に聖域都市条例を可決しています。(※6)
ちなみに、Center for Immigration Studies によると、現在12州が連邦移民法執行機関との協力関係を縮小する措置をとっており、これはロサンゼルスやカリフォルニア州だけのことではないということです。(※7)
カリフォルニア州では「不法移民」という言葉は差別的だとして、「Undocumented(書類のない人)」という表現が使われています。つまり、「未届・申請途中の移民」であるという位置づけなのです。彼らは医療、教育、住宅支援など一部の公共サービスへのアクセスが保障され、大学においてもこうした学生たちは市民権や永住権を持つ学生と肩を並べて学んでいます。トランプ氏の移民に対する発言「やつらは動物だ。」、「米国に悪い遺伝子が入っている」、「米国の血を汚している」、「殺人犯を入国させている」、「殺人犯は遺伝子にそうなる要因がある」などと対比して考える必要があるでしょう。(あらためてトランプ氏の発言を並べてみると、彼の異常性が見えてきます。単なるパフォーマンスと言う人もいるでしょうが、世界最高の権力者という立場とその影響力を考えれば、パフォーマンスという言葉では済まないでしょう。)
トランプ政権による大規模な移民の摘発や、市民の抗議デモに対する州兵や海兵隊の派兵は、自分たちの「自治権への攻撃」でしょう。市民の怒りが爆発するのも当然です。
自分の誕生日に首都で軍事パレードを行った大統領など、民主主義国家であるアメリカには前例がありません。国民に軍隊を差し向けた大統領には1957年のアイゼンハワーがいますが、その際は黒人生徒の白人高校入学に反対する人種差別者の暴動を鎮圧するためで、差別と排斥、市民の過激な対立を排除するための決断でした。
軍隊がアメリカ国内のデモ現場に投入されることも極めて異例です。ロイター通信によると軍が暴動鎮圧のために投入されたのは1992年のロドニー・キング暴行事件に関連して起きたロス暴動以降で初めてです。この時はカリフォルニア州知事が大統領に軍支援を要請するという正規のプロセスで行われたものでした。
しかし、今回は差別と排斥を煽っているのが大統領です。この大統領は憲法や法律などよりも自分の権力を優先させることに躊躇いの無い人物で、それが一部の熱狂的な支持者の後押しを得る一因ともなっています。それ故トランプ政権はアメリカの伝統のひとつである、反主知主義(反知性主義 ※8)を引き継いだ政権と言われています。トランプ氏の支持者の多くが、反権威、反エリート、エスタブリッシュメントに対する反感という反主知主義な考え方や行動傾向であることを考えると、今後もアメリカ国民の分断と混乱は続くことになるでしょう。それが長期化することで、自国第一主義の行き過ぎが国際的な孤立化をまねき、結果的にアメリカの国力低下につながっていくように思えてなりません。
※1:米ワシントンで軍事パレード トランプ大統領の誕生日の開催に「私物化」批判も(日テレ)
https://news.ntv.co.jp/category/international/b2b414e005434520a5ea2b8c1736b263
※2:「王はいらない」 トランプ氏誕生日の軍事パレードに抗議、数百万人がデモ参加へ(CNN)
https://www.cnn.co.jp/usa/35234258.html
※3:米国防長官、LA以外にも軍派遣の可能性 海兵隊見切り発車の様子も(毎日新聞)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7695a038f44462845d46e299b311a48d63161ac1
※4:映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が現実となる日(The Stellar Journal)
https://www.stellarrisk.com/blog/f3pl7ld9j5y5yn4-2rynz-ck7dt
※5:米司法省、カリフォルニア州など「聖域都市」への補助金停止を警告(ロイター)
https://jp.reuters.com/article/world/-idUSKBN17Q0BD/
※6:米LA市、移民保護へ「聖域都市」条例可決 トランプ氏就任前に(ロイター)
https://jp.reuters.com/world/us/CHRV52E4BFO4RJISPICJKVSJ3M-2024-11-20/
※7:Map: Sanctuary Cities, Counties, and States(Center for Immigration Studies)
https://cis.org/Map-Sanctuary-Cities-Counties-and-States
※8:反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―(新潮選書)
https://www.fsight.jp/articles/-/50993
記事の無断転載を禁じます。
————————————————
事業運営上の様々なコンサルタント(業績改善、事業分析、戦略作成支援、人材教育など)やメンター・プログラム、心理カウンセリングなどを行っています。 お気軽にご相談ください。
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
神奈川県川崎市川崎区京町2-3-1-503
050-5881-8006
Email: y.sato.sim@gmail.com
http://simconsul.web.fc2.com/