ナチスの手口に学ぶ あなたはいつから“支配される側”になったのか
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規
1. 13年前の「予言」とその正体
13年前の7月29日、当時の麻生太郎副総理兼財務・金融相は、憲法改正に関連して極めて示唆的な発言を残しました。「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうかね。」(※1)
この発言は当時、国内外で大きな批判を浴びましたが、あれから13年が経過した今、私たちはこの「手口」が静かに、しかし確実に進行しているのではないかという強い危機感を抱かざるを得ません。では、その「ナチスの手口」、そして舞台となった「ワイマール憲法」の崩壊とは、具体的にどのようなプロセスだったのでしょうか。
2. ワイマール憲法が内包した「理想」と「脆弱性」
1919年に制定されたワイマール憲法は、当時「世界で最も民主的」と称賛されました。国民権、男女平等の普通選挙、議会制民主主義、そして何より特筆すべきは、生存権や労働基本権といった『社会権』を世界で初めて憲法典に明記した点です。
現在の日本国憲法も、このワイマール憲法の系譜を継ぐものです。憲法の血脈を辿れば、イギリスの「権利の章典」からアメリカ、フランスの諸宣言を経て、20世紀の社会権思想へと至る「人類が積み上げてきた普遍的な智恵」の集大成であることがわかります。
1945年、ポツダム宣言受諾後も、日本政府は大日本帝国憲法の基本原理(天皇主権・権力集中)の維持に固執しました。改憲派はよく「アメリカに押し付けられた憲法だ」と主張しますが、これは制定過程の一側面のみを誇張した表層的な見解に過ぎません。国民の権利を軽視し続ける政府に対し、GHQが草案を示したのは事実ですが、それは当時の日本政府の独善を打破するためであり、結果として日本国民が選び取った道でもあります。(※2)「押し付け」に抗ったのは権力側であり、国民はむしろ新しい自由を歓迎したという視点が不可欠です。
3. 「性善説」の破綻と独裁の完成
理想を掲げたワイマール憲法には致命的な「穴」がありました。それが第48条の「大統領緊急命令権」です。混乱期の国家を維持するため、大統領に強大な権限を一時的に与えるこの条文は、「選ばれた優れた指導者なら濫用しないだろう」という性善説に基づいていました。これがいかに危ういかは歴史のみならず現在のアメリカの状況を見れば明白でしょう。
1930年代、世界恐慌による政治の麻痺に乗じ、ヒトラーはこの「穴」を突き、憲法を「内側から」破壊しました。1932年に第一党となったナチ党は、翌年首相に就任すると、国会議事堂放火事件を「共産党の陰謀」と断定。緊急令を発布して基本的人権を停止し、一夜にして5,000人の反対派を令状なしに逮捕しました。
そして決定打となったのが「授権法(全権委任法)」(※3)です。これにより、立法権は議会から内閣(ヒトラー)へと移り、議会制民主主義は終焉を迎えました。憲法は「形式的には存在するが、実質的には死んでいる」という、憲法のゾンビ化が起こったのです。この法的空白の中で、ホロコーストという未曾有の惨劇が「合法的に」実行されることとなりました。
4. 現代日本に忍び寄る「受益と共犯」の構造
ワイマール憲法の崩壊は、暴力だけで成し遂げられたのではありません。再軍備による景気浮揚やプロパガンダによる「強いドイツ」の演出は、多くの国民に「受益の感覚」を与えました。ラジオの普及を利用したプロパガンダは国民の意識を大きく支配し、捏造や隠蔽によって真実は覆い隠されたのです。
映画『関心領域』(※4)が描くように、収容所の隣で平穏な暮らしを享受する市民の姿は、権力との共犯関係を象徴しています。「何かおかしい」と感じつつも、目先の利益や安心、あるいは「国旗・国歌」といった情緒的な統合に身を委ねることで、独裁は完成へと向かいます。
現在の日本における制度の変質も、この「慣れ」と「曖昧化」から始まっています。例えば、自民党の党大会における自衛官の国歌斉唱問題です。(※5)自衛隊は憲法上の厳格な政治的中立を求められる組織であり、自衛隊法61条(※6)は政治的行為を禁じています。(陸上自衛隊第14音楽隊のホームページにも記載があります。)制服(特別儀仗服)を着用し、組織的な了承のもとで政党行事に参加することは、「私人としての活動」ではありません。(※7)
しかし政府は、「国歌斉唱は政治的行為ではない」と強弁し、論点をすり替えます。問題は自衛隊員が自民党の党大会という政治活動に関与したことであって、国歌斉唱云々はまた別の問題です。
問題無いと言った国歌斉唱についても疑問が残ります。「国歌斉唱は政治的行為ではない」のであれば、学校現場で国歌斉唱を拒否し処分された教員たちの問題はどう説明するのでしょうか。「権力の都合で規範が恣意的に運用される」ことこそ、立憲主義の崩壊そのものです。しかし、国民もマスコミも一部を除いて思いの外静かです。まるで「関心領域」の市民の姿そのものです。
5. 「時が来た」という言葉の不気味さ
高市首相が口にした「時が来た」というフレーズには、戦慄を覚えます。(※8)具体的な改憲の内容や、それが国民の権利をどう守るのかという説明のないまま、「数」を背景に進められる改憲。特に、自民党の改憲草案に見られる「基本的人権の尊重」の変質や、緊急事態条項の新設は、かつてのワイマール憲法48条の影を彷彿とさせます。
人権を「国家が与えるモノ」に格下げし、公共の利益の名の下に制限しようとする動きは、近代民主主義の時計の針を18世紀以前に戻す暴挙と言わざるを得ません。ヒトラーがラジオをプロパガンダで利用したように、権力批判が弱まった日本のマスコミも大本営発表を伝えるために利用されるものになりつつあります。
6. 私たちが守るべきは「形」か「精神」か
「憲法が憲法として機能しなくなる」プロセスを静かに進める。
問題を「問題ではない」と言い張る。
論理を破綻させてでも現状を正当化する。
説明責任を放棄し、国民の諦めを誘う。
権力批判をしないマスコミをプロパガンダに利用する。
こうした行為の積み重ねが、民主主義の土台を腐らせていきます。制度が形式的に残っていても、その精神が抜かれれば、それはもはや国民を守る盾ではありません。
13年前、麻生氏が指し示した「ナチスの手口」とは、まさに「国民が気づかぬうちに、民主的な手続きを悪用して民主主義を殺す」技術のことです。歴史を教訓にするとは、過去を懐かしむことではなく、現在の変化に対して「NO」を突きつけることです。
曖昧化や矮小化によって覆い隠されている論点を可視化し、立憲民主制という私たちの「生存の基盤」を、自らの意志で守り抜かなければなりません。静かに進行する崩壊を止めることができるのは、私たち一人ひとりの「批判的視点」と「違和感を表明する勇気」だけなのです。
※1:麻生副総理、ナチス発言撤回 官邸、早期幕引き狙う 内外から批判殺到、政権リスクに(日本経済新聞)
※2:「新『日本国憲法』成立す(朝日新聞)一般郷土史料1607」(山口県文書館)
※5:自民大会、自衛官登壇で物議 「政治利用」批判噴出、政権火消し(時事ドットコム)
※7︰自民党大会で国歌斉唱する自衛官の紹介(第93回 自由民主党大会より)h
※8︰高市首相の「改憲、時は来た」が合意を遠ざける 自民、衆参で温度差(朝日新聞)
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