プラジアリズム ― AI時代だからこそ見直したい昔からの教訓
パシフィック・アドバイザリー・サービス
代表取締役社長
武本 粧紀子
私は、1990年にアメリカに来て、1991年に大学院に入学することになりました。入学した大学院では、留学生は全員英語のテストを受ける必要がありました。テストの結果、英語力が十分でなかったため、お恥ずかしながら私はその大学の大学院生の為のESLのクラスを取らされました。
最初の授業では、エッセイを書かされ、次の授業の時には、先生に「このクラスの学生とキング牧師との共通点は何ですか?」と聞かれました。アメリカに住んでいるとか、人種がマイノリティーであるとか、いろいろな意見がでましたが、先生は黒板に大きく「Plagiarism(プラジアリズム)」と書きました。
丁度、キング牧師の博士論文にプラジアリズムがある、と話題になった頃でした。ただ、キング牧師の母校のボストン大学の調査委員会は論文中に盗用があったと認定しましたが、論文全体としての学術的貢献などを考慮して博士号取り消しにはなりませんでした。(参考文献:”SCHOLARS QUESTION PORTIONS OF KING'S ACADEMIC PAPERS”、The Washington Post, November 9, 1990:)
ESLのクラスの話に戻りますが、先生はどこがプラジアリズムに当たるのか、赤で印をつけて一人一人にエッセイを返してくれました。そして、大学とは、アカデミックな場であり(研究機関)、本をたくさん読んで、レポートや論文をたくさん書く場であること、プラジアリズムはアカデミックな場では重い罪であること、などを英語の勉強よりも先に教えてくれました。1986年に日本の大学を卒業した私にとって、これは大きな驚きでした。
ところで、日本では、Plagiarismは「盗作」、「剽窃」、「盗用」などと訳されますが、アメリカでのニュアンスは少々違います。私の恩師である鈴木祐治先生は、プラジアリズムを著書の中で「他人の言葉やアイデアを、あたかも自分のものであるかのように見せる行為」と説明されています。例えば、他人の文章を引用せずに使う、言葉だけ変えて出典を示さない 、自分の過去のレポートを再利用する 、などです。(参考文献:“学術不正行為"Plagiarism":盗作,盗用,剽窃,無断使用etc...英語ひとくちメモ”、Note, 鈴木佑治、2026年3月10)
そのクラスではその後、何度もプラジアリズムに触れ、学部生であっても、プラジアリズムが発覚したために、単位を貰えなかったばかりでなく、停学処分になった学生がいた、ということも習いました。
何人かで一緒に宿題のレポートを書き、個々人の名前で提出するのもダメ。共同で書いたなら、一つのレポートを共同で書いた、と明確にすること。自分が別の履修科目の為に書いたレポートを手直ししたもの、その中の一部を使うのであれば、例え自分で書いたものであれ、自分が書いたことと以前に書いた文書を出典として明らかにすること、とも習いました。
私が日本の大学に行った頃には、教科書のコピーなども比較的緩やかでした。しかし、著作権があるので、コピーライトも守るべきです。もちろん日本語の文献からとってきて、英語に直しても、それは元々の文章に著作権があるため、出典を明らかにする必要があります。「翻訳したら自分の文章になる」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、原文の著作権やアイデアの出典は消えません。
若い方はご存じないかもしれませんが、私が米国で大学院に通った1990年頃はまだ記録媒体としてフロッピーディスクを使っていた時代でした。そして、まだ自分のPCを持っていない学生も多くいました。コンピューター会社は大学にたくさんコンピューターを寄付してくださっており、フロッピーディスクに入った、ワープロや表計算ソフトなどのプログラムも格安で大学生協で販売していました。にもかかわらず、かなり多くの学生がプログラムを買わずに、フロッピーディスクのプログラムをコピーして使用したことが発覚しました。当時のパソコン用ソフトはフロッピーディスクから比較的簡単にコピーできたのです。学生の行為はコピーライト・アクトに触れる、ということで、大学のPCを使用したり、大学でPCの無料相談は勿論、レポートや論文の英語の手直しのアドバイスを受ける場合には、自分がオリジナルのフロッピーディスクを買った、ということを証明するために、買ったフロッピーディスクを持っていき、相談員の先生に見せる必要すらありました。
1986年に卒業した日本の大学では、同級生が平気で「あの宿題のレポート、ほぼ課題図書の丸写しだよ」などと言っていました。私は同級生のレポートを見たわけではないので、きちんと引用元をつけていたかどうかはわかりませんが、日本の大学で出典の付け方を習った覚えはありません。今振り返ると、現在のアメリカの基準ではモザイク・プラジアリズムと見なされるケースもあったのかもしれません。なお、モザイク・プラジアリズムとは、参考図書などを「自分の言葉に直した」と思っても、きちんと参考文献を示さないことです。アメリカの大学では典型的な patchwriting (パッチライティング)とみなされるのです。(参考文献:”A Plagiarism Pentimento”, Rebecca Moore Howard, Journal of Teaching Writing, Jan 2, 1992)
AI時代になって、プラジアリズムはより身近な問題になってきたと思います。例えば、AIで作成した文章、インターネットの記事、競合他社のプレゼン資料、業界レポートなどを利用する機会が増えています。AIに文章を書かせ、それを自分が作成した文章としてそのまま提出すれば、プラジアリズムや学術不正と見なされる可能性があります。AIが作成した文章の中に、他者の表現やアイデアが含まれていたとしても、その責任を負うのは執筆者自身です。AIは便利な道具ですが、出典確認の責任まで引き受けてくれるわけではありません。
先ほども申し上げた通り、「すこし表現を変えたから大丈夫」と思っても、それはアメリカでは立派にプラジアリズムになります。出典を明らかにする習慣は、研究者だけではなく、企業人にとっても、重要なリスク管理です。
35年以上前に、ESLの先生が黒板に大きく書かれた「プラジアリズム」という言葉は、今でも私の頭に残っています。当時は、大学のレポートの話だと思っていましたが、世界中の情報が瞬時に手に入り、AIが文章を書く時代になった今だからこそ、その教えの意味がよく分かるようになりました。出典を明らかにすることは、単なるルールではありません。自分の仕事の信頼性を守ることなのです。
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