塀や門のない文化―アメリカ郊外に住んで気づいたこと
パシフィック・アドバイザリー・サービス
代表取締役社長
武本 粧紀子
アメリカのシカゴ郊外に住んでいると、日本との住宅文化の違いに驚くことがあります。私が住んでいるのは、いわゆる中流階級の人たちが多く住む、静かな住宅地です。家と家の間には芝生が広がり、道路から家までの間にも、きれいに手入れされた芝生があります。そして、ふと気がつくと、日本の住宅街でよく見かけるものがありません。塀や門です。
もちろん、アメリカにも塀やフェンスはあります。特に、犬を飼っていて庭から逃げないようにするため、バックヤードにフェンスを設けている家は珍しくありません。ただし、それも日本のように家をすっぽり囲う高い塀ではなく、外から庭が見える程度のものが多いように思います。
超高級住宅で、門のところにゲートがあり、警備員がいるような家は別ですが、一般的な郊外住宅では、家の前は驚くほど開放的です。
この「塀のない文化」を象徴するような出来事がありました。以前、シカゴ・カブスに所属していたダルビッシュ有投手が、Lake Michigan沿いのEvanstonの住宅を購入した際のことです。
2018年、ダルビッシュ夫妻はプライバシーを守るため、敷地をフェンスで囲うことを希望しました。ところが、そのフェンスを巡って、近隣の住民との間で問題が起き、最終的には訴訟にまで発展しました。当初、ダルビッシュ夫妻は、front yardに高さ6フィートのフェンスを設置することを申請しました。しかし、Evanstonのzoning administratorはこれを認めませんでした。
その後、隣人との話し合いなどを経て、front yardには高さ42インチのwrought iron(錬鉄)のフェンスを設置することが認められました。ところがその3カ月後、ダルビッシュ夫妻は、side yardとrear yardについて、高さ6フィートのsolid cedar wood fenceを設置する許可を求め、EvanstonのPreservation Commissionから承認を得ました。
この木製フェンスについて、隣人夫妻が問題にしたのです。なぜなら、その家はLake Michiganのすぐそばにあり、フェンスによって隣人の湖の眺望が遮られてしまったからです。隣人によれば、2階からはまだ湖を見ることができましたが、1階から見ると、湖の代わりに「フェンスが見える」状態になったとのことでした。さらに、隣人側の土地には、1940年代からLake Michiganへのアクセスと眺望に関係するeasement(地役権)が設定されていたとされ、隣人はこの権利も侵害されたとして、フェンスの撤去などを求めて訴えました。
つまり、これは単純に「ダルビッシュ選手が塀を作ったら、近所の人が景観が悪いと言って怒った」という話ではありません。
自分たちのプライバシーを守りたいダルビッシュ夫妻と、湖の眺望を守りたい隣人との間で、フェンスの高さや材質、眺望、そして既存の権利を巡って争いになったのです。
それでも、この話が日本人にとって興味深いのは、「自分の敷地に塀を作る」という、ごく自然に思えることが、アメリカの住宅地では近隣との大きな問題になり得る、という点です。(参考:Bob Goldsborough, “Neighbors sue Cubs pitcher Yu Darvish for fence around Evanston mansion that blocks Lake Michigan views,” Chicago Tribune, April 11, 2019:)
日本では、家を門や塀で囲むことは、それほど珍しいことではありません。もちろん、現代の住宅に塀がある理由は一つではありません。土地が限られていて隣家との距離が近いこと、敷地の境界を明確にすること、通行人から家の中が見えないようにすることなど、実用的な理由があります。
また、日本の伝統的な住居文化を考えると、門や塀で敷地を囲む形式には長い歴史があります。たとえば江戸時代の武家屋敷では、塀と門で屋敷を囲むのが一般的でした。現在も各地に残る武家屋敷を見ると、そのことがよく分かります。
一方、アメリカの郊外住宅を見ていると、家は「自分の家」であると同時に、「街の景観の一部」として考えられているように感じます。
家の前の芝生は、道路から家までをつなぐ緑の空間です。隣の家の芝生、その隣の家の芝生……と続いて、一つの大きな空間のように見えます。
そこに突然、高い塀ができたらどうでしょう。
「自分の土地なのだから、何を作ってもいいでしょう」と思うかもしれません。
ところが、アメリカでは住宅地によっては景観を守るためのルールがあり、家の外観やフェンスなどについて一定の制限が設けられていることもあります。
つまり、自分の家であっても、その家が作り出す景観は、自分だけの問題ではないという考え方があるのです。
もう一つ面白いのが、防犯に対する考え方です。
日本では、「塀や門があれば、不審者が簡単に敷地に入れない」という発想があります。ところがアメリカでは、高い塀があると、その陰に不審者が隠れることができてしまうため、開放的な方が防犯上安心だ、という考え方もあります。
塀がなければ、通りから家や庭が見えます。近所の人からも見えます。
つまり、「見られていること」そのものが、防犯につながるという考え方です。
私の住んでいるシカゴ郊外を歩いていると、確かにその感覚がよく分かります。
家と道路の間に広がる芝生の上を、犬を連れて歩いている人がいる。隣の家では子どもが遊んでいる。その向こうには、また別の家の芝生があります。
家はそれぞれ独立しているのに、街全体が一つの空間のようにつながっています。
こうして考えてみると、これは単なる住宅のデザインの違いではありません。
「家とは何か」という文化の違いなのだと思います。日本では、門や塀によって「内」と「外」を分け、家を守る。アメリカの郊外では、家を開放的に見せ、街並みの一部として家をつくる。もちろん、どちらが正しいということではありません。ただ、アメリカで家を購入したり、長く住んだりするのであれば、日本の住宅文化をそのまま持ち込むのではなく、その土地の住宅文化を知っておくことは大切だと思います。
日本人から見ると、「どうして家の前に塀がないのだろう?」と思うかもしれません。
でも、アメリカの郊外に住んでいると、家の前に塀がないこと、隣の家との境界があまり強く感じられないことが、とても自然に見えてきます。「郷に入れば郷に従え」という言葉があります。アメリカで生活するのであれば、塀のない街並みに慣れるだけではなく、家と家の間をつなぐ開放的な景観そのものを楽しんでみるのも、アメリカ生活の一つの楽しみ方なのではないでしょうか。
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