「安売り日本」の熱狂とレミング現象 ー インバウンド狂騒曲の陰で進む構造的崩壊 ー
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規
1. メディアが作り出す「インバウンド活況」という幻想
テレビや新聞は連日、訪日外国人の旺盛な消費行動を取り上げ、あたかも日本経済全体が再び力強さを取り戻したかのように描き出しています。(※1)日本のおもてなしや文化が外国人から高く評価されていることを、誇らしく感じる人も少なくないでしょう。
しかし、外国人観光客の増加と日本経済全体の豊かさを同一視することには注意が必要です。実際、GDPに占めるインバウンド消費の規模は0.9%程度にとどまります。(※2)日本経済の基盤は、依然として国内の個人消費や設備投資です。
一部の観光地や特定業種が潤うことを「日本経済の好循環」として強調すれば、国民に実態を誤認させることになりかねません。「外国人が日本で多くのお金を使っている」ことと、「日本人の生活が豊かになっている」ことは、決して同義ではないからです。
むしろ問うべきなのは、なぜ外国人から見て日本がこれほど「安い国」になったのか、ということではないでしょうか。
2. オーバーツーリズムと制度の矛盾
インバウンド拡大の一方で、オーバーツーリズムによる交通機関の混雑、マナー問題、住環境への影響、観光地における物価上昇など、地域住民が負担するコストも無視できなくなっています。(※3)
さらに考えさせられるのが、外国人に対する政策のあり方です。
政府は訪日外国人観光客を経済活性化の重要な手段と位置づけ、その消費を積極的に取り込もうとしています。その一方で、日本で暮らし、働き、納税し、地域社会を支える外国人に対しては、在留管理や審査要件の厳格化が進められています。(※4)
もちろん、在留管理や制度の適正化そのものは必要です。しかし、「観光客として訪れ、消費してくれる外国人は歓迎する一方、日本に暮らし社会を支える外国人には厳しい条件を課す」という姿勢が強まれば、外国人を「消費者」としては歓迎しても、「社会の構成員」として受け入れる覚悟があるのかが問われます。
少子高齢化が進む日本では、介護、医療、建設、物流、農業など、生活基盤を支える現場で人手不足が深刻化しています。今や、コンビニ、スーパー、飲食店などで外国人スタッフの接客を受けない日はないでしょう。外国人を単なる観光客としてではなく、長期的に日本社会を支える住民としてどう受け入れるのか。この問題は、外国人政策にとどまらず、日本社会そのものの持続可能性に関わっています。
3. 「安売り政策」の推進と高市政権の真価
こうした問題の背景には、長年続いてきたデフレ構造と円安に依存した経済モデルがあります。
本来であれば、付加価値の高い産業を育成し、賃金の引き上げや技術革新によって外貨を稼ぐ経済構造を目指すべきでしょう。しかし日本は、円安や相対的に低い人件費を背景に、「安さ」を魅力として外国人観光客を呼び込む方向へ傾いてきました。
高市政権についても、この「安売り日本」から脱却するための産業構造の転換にどこまで踏み込めるのかが問われています。観光客数や消費額といった目先の数値を伸ばすだけでは、日本人の所得や購買力を持続的に高めることにはつながりません。
現在、多くの外国人旅行者にとって日本は、安全性や交通の利便性、サービスの質を備えながら、円安などによって相対的に安く旅行できる国となっています。場合によっては、自国で国内旅行をするより日本を旅行した方が安いと感じるケースさえあります。
しかし、果たしてそれは私たちが目指す「日本の姿」なのでしょうか。
通貨価値の低下や、先進国の中でも低い水準にある賃金(※5)を是正しないまま、日本のサービスや不動産、企業資産が海外から割安に見える状況を放置すれば、結果として日本そのものを「安売り」することにつながります。
2カ月前、私はこの『The Stellar Journal』に、「アジア5ヶ国を渡航して痛感した『世界の真ん中で輝く日本』の真実」という記事を書きました。(※6)その中で、日本の国際的な相対的地位が変化している現実について述べました。
その変化を象徴する一つが、日本企業による優良資産の売却です。恵比寿ガーデンプレイスなど、誰もが知る企業が保有してきた都心の優良不動産について、売却や外資系資本による取得が相次いでいます。2025年には、外国資本による日本の商業用不動産への投資額が2兆円を超えたとの推計もあります。(※7)
北朝鮮のミサイルに対する国防意識を煽るような報道が繰り返される一方で、その陰で静かに進む日本の不動産や企業資産の海外資本への移転について、私たちはどれだけ意識できているのでしょうか。
こうした動きを単純に「外国資本による日本占領」と糾弾したいわけではありません。資本流入や企業価値の向上につながる側面もあるので、海外からの投資そのものが悪いと言っているわけでもありません。しかし、日本企業が優良資産を手放し、それを海外資本が取得していく動きが長期的に何を意味するのかについては、冷静に検討する必要があると思います。
4. 集団的愚行としての「レミング現象」と日本の未来
最も深刻なのは、こうした歪んだ構造や矛盾が目に見えているにもかかわらず、国民の多くがそれを追認し、政権を支持し続けている点です。集団で絶壁に向かって行進を続けるレミング(旅ネズミ)のように、目先の賑わいや危機感の欠如から、自ら衰退の道を突き進んでいるように見えてなりません。
「安売り」によって得られる一時的な潤いは、中毒性と依存性の高い危険な処方箋です。国内の技術開発や人材投資を怠り、他国の富裕層の「安いリゾート」へと成り下がった先にあるのは、購買力を失い、自国のインフラや資源すら維持できなくなった貧困国としての未来です。
いま問われているのは、インバウンドによる「活況」という幻想に酔い続けることではなく、その裏側で日本の経済力や資産価値がどのように削られているのかを、客観的に見つめ直すことです。
「強い日本」を掲げるのであれば、円安や低賃金を背景とした「安さ」に依存するのではなく、高い付加価値を生み出し、日本人の所得と購買力を高め、国内の産業基盤を強化する経済政策こそが必要不可欠です。強い日本を目指すと謳いながら、結果として日本の資産やサービスが海外から安く買い叩かれる状態を固定化してしまうのであれば、その政策が本当に「強い日本」につながるのかを根本から問い直さなければなりません。
レミングが集団で絶壁から飛び降りるという有名なイメージは、実際には誤解に基づくものだそうです。問題はレミングが本当に集団自殺するかどうかではありません。目の前の熱狂に流され、自分たちがどこへ向かっているのかを問い直さなくなったとき、社会はどこまで流されてしまうのかということです。
いま日本に必要なのは、「インバウンド過去最高」という数字に酔うことではありません。
なぜ日本は「安い国」になったのか。
なぜ日本人の購買力は伸び悩むのか。
なぜ日本の資産が海外から割安に見えるのか。
そして、この状況を変えるために、どのような経済政策が必要なのか。
こうした問いから目をそらさず、日本の足元で何が起きているのかを冷静に見つめ直すこと。それこそが、「強い日本」を考えるための出発点なのではないでしょうか。
※1:訪日外国人数、2026年8月は9.6%減の310万人、減少幅が約1割に拡大、14市場で過去最多 ―(速報)(日本政府観光局)
https://www.travelvoice.jp/20260916-160529
※2:我が国経済の成長のけん引役として期待されるインバウンド需要(経済産業省:経済白書)
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2023/2023honbun/i2230000.html
※3︰オーバーツーリズムとは? 原因や影響、問題点や対策を具体例付きで解説(朝日新聞 SDGs ACTION!)
https://news.yahoo.co.jp/articles/392eb26cb8ba1ea7187c678af42ee10e98c43368
※4︰外国人「日本で働く意欲なくなる」 自活できても新要件「届かない」…永住許可厳格化で「日本離れ」か(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/506467
※5:【最新版】世界の平均賃金ランキング!日本は何位?(イオン銀行 タマルWEB)
https://www.aeonbank.co.jp/column/annualincome/minnanoheikin/sekainochingin/
※6:アジア5ヶ国を渡航して痛感した「世界の真ん中で輝く日本」の真実(The Stellar Journal)
https://bit.ly/4rek5no
※7︰「日産は本社ビルを970億円で売却」「電通は2680億円」サッポロも…外資ファンドが狙う日本企業の不動産"静かなる占領"(東洋経済)
https://toyokeizai.net/articles/-/949219?display=b
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